工業における農業革命
生産システムが高度化するほど運用は難しくなる。希少性の重心は「作る能力」から「作り続ける能力」へ移りつつある。観測・判断・介入・学習の循環を「運用知能」と名付け、AIによってそれを備蓄・複利化する可能性を、農業革命になぞらえて考察するエッセイ。
2026-07-29
行動の原則を記す
良い人格が良い行動を生むのではなく、日々の良い選択の積み重ねが良い人格をつくる。行動の原理を日々の判断と行動へ接続するために、素直・主体・専一という三つの原則を置き、それぞれが学び、興し、勇をどう支えるかを記す。
2026-06-24
今、無想。
完成された文章を目指すのをやめ、未完のまま新鮮な思考を残すことを選んだ経緯を記す。変化し続ける世界との対話を閉ざさない言葉こそ長く生き残る。技術、文化、人間、社会、文明が交わる場所から世界を観察し、その過程を記す庭としての本サイトの序文である。
2026-06-10
現代AIの収束
ChatGPT登場からの3年間を初期生成AI、ポスト生成AI、パーソナル・AIエージェントの三期に区分し、ローカル環境で動くAIエージェントの衝撃と権限管理の課題を整理する。現代AIの収束地点は定まり、シンギュラリティが訪れる条件はすでに満たされたと断言する。
2026-02-28
無目的探求
目的があるから動くのではなく、動いてしまう衝動を後から目的と呼んでいるに過ぎない。人間は記述・設計・実装・意味創出の四つの回路で世界と交感する存在であり、無目的な探求こそが最も強く死に抗い、人類を先へ進めるエネルギーになると論じる。
2026-01-31
世界は理解を待っている
世界を変えようと息巻くことは、世界を理解することの対極にある。外圧による変化は可逆だが、理解は不可逆である。世界が変容するのは、誰かが目の前の事象を正しく理解し、新たな前提として見出したその刹那であると論じる。
2026-01-10
二〇二六記
2025年の振り返りと2026年の方針を記す年頭の記である。種をまき、縁に恵まれ、手足を動かし、東洋哲学へ還った一年を経て、今年はより足を動かし、運を使い倒し、人と教育に向き合い、余白のための仕組み化と作品の消費に取り組むと定める。
2026-01-02
令和七年 自訓録
令和七年の自訓を七条にまとめた記録である。今ある所与を生かすこと、受け取る義務、好奇心への信頼、前線主義、検証なき創造は妄想であること、良き隣友でいること、不立文字の体得。一年を導く指針を簡潔な訓として書き留めている。
2025-12-31
努力知らずの才
努力を信仰する「努力教」の構造を解きほぐし、努力と才能の関係を問い直す。努力は時間を量として消費し、才能は時間を質へ変換する。好きであることこそ才能に気づく必要条件であり、勝負の構造そのものを超えて自然に勝ってしまう状態を「才」と呼ぶ。
2025-11-06
アーティファクトの環世界
ユクスキュルの環世界の概念を手がかりに、機械やAIといった人工物から視点を借りる可能性を考える。借りた視点は認知を拡張し新たな抽象化を可能にするが、そこから生じる帰結の責任を引き受けるのは人間だけであると論じるエッセイである。
2025-09-27
捨選の作法
選ぶとは他を捨てることだという通念を疑い、選択を二つの段階に分けて捉える。捨てるべきは選択前にすでに手にしている現実と執着であり、選ばれなかった可能性は捨てるのではなく自然に消えるだけである。捨てて選ぶという選択の作法を説く。
2025-09-04
歳は加速する
気づけば27歳になっていた。25歳を過ぎたあたりから時間は加速度的に過ぎ、体感では残された時はもう半分もない。成すべきことを成し、問われたことに応え、遺すべき思想を遺すだけだと思い定める短い所感である。
2025-07-01