
2026-06-24
日常の行動は、複利で積み上がる。しかし、忙殺される中で、その一歩は、とかく見失いがちである。たとえ、「勇、興、学」というような、何かしらの行動の原理があったとしても、それを日々の行動へ落とし込むためには、現実との接続が必要だった。それは私自身が未だ十分に実践できていないことでもあり、これから実践していきたいことでもある。
そこで、日々の判断と行動のための原則を置こうと考えた。
学びは、素直な姿勢から始まる。人は自らの経験や常識に囚われると、変化を拒み、現実から学ぶことをやめてしまう。知らないことを知っているかのように振る舞い、自分の知る世界だけが正しいと思い込む。それは修正の機会を自ら閉ざしてしまう行為である。常に自分は間違っているかもしれないと念頭に置く。ありのままの事実を見て、自らの前提を壊し続ける。昨日の自分に執着せず、世界の捉え方を日々更新する。素直であれ。
何かを興すには、主体であることが最も重要である。最初の一歩が、未来の無数の可能性を生む。運や流れを待つよりも、自ら踏み出した一歩の方が現実を動かす。やるべきことが尽きぬ限り、自ら手綱を握らなければならない。目の前のことだけでなく、その周囲にも目を配り、必要なことを自ら見つけ、自ら行う。機会は待つものではなく、自らつくるものである。後ろには誰もいない。手綱を握った者が未来をつくる。主体であれ。
勇ましくあるためには、専一であることが欠かせない。限りある時間と資源の中で、はじめからすべてを手にすることはできず、葛藤は避けられない。だが、気を散らしていては、本当に大切なものに力を注ぐことはできない。本当に大切なものは少ない。不可逆なこと以外は、後に回しても良い。まずは、やることを減らす。優先順位を定め、今しか賭けられぬものに力を注げ。一つに心と力を集めることで、勇は生まれる。専一であれ。